
選挙、金融政策、AIの進展、スポーツ結果。こうした「将来起こる出来事」をテーマに売買される予測市場(Prediction Market)が、デジタルアセット業界で注目を集めています。象徴的なのは、業界全体の月間出来高(テイカーベース)が2026年4月単月で約86億ドルに達し、KalshiがPolymarketを上回って首位に立ったというデータです。
年間取引額は2024年の約158億ドルから2025年は約635億ドルへと急拡大したと報じられており、予測市場は一部の暗号資産ユーザー向けのニッチな市場から、金融・情報・データの新しいレイヤーへ変化しつつあります。本記事では、予測市場とは何か、いま注目される背景、代表的なプレイヤーの構図、米国の制度論争、そして日本での法的位置づけと事業機会を整理し、検討時に押さえておきたい論点をまとめます。
予測市場とは、将来の出来事に対して「起こる(Yes)」「起こらない(No)」のポジションを売買し、その価格を通じて参加者の予測を集約する仕組みです。
基本的な発想はシンプルです。対象の出来事が実際に起きた場合に1ドルを受け取れるYesトークンと、起きなかった場合に1ドルを受け取れるNoトークンが取引され、価格は0〜1ドルの範囲で動きます。市場参加者の見立てが集まることで、「Yesの価格=出来事が起きる確率」として読むことができ、結果が確定すると正しい側のポジションが1ドルで償還され、誤った側は無価値になります。
重要なのは、結果を確定させる仕組みです。クリプトネイティブな予測市場(Polymarketなど)は、UMA Optimistic Oracle(出来事の情報をブロックチェーンに取り込む分散型の仕組み)を利用し、提案・異議申し立て・トークン保有者による投票という多段階のプロセスで結果を確定します。一方、Kalshiのように規制下の取引所として運営される予測市場では、運営者が事前に定めた解決基準と公表データに基づいて清算が行われます。同じ「予測市場」でも、結果確定の仕組みと法的位置づけは大きく異なります。
予測市場が単なる「当てもの」と異なる理由は、市場価格が参加者の見立てを反映した確率シグナルとして機能する点にあります。手数料収入だけでなく、価格そのものがメディア、リサーチ、トレーディング、機関投資家向けデータの素材になり得ます。
注目される背景は、次の4つに整理できます。
第一に、ブロックチェーンによって市場設計と展開のハードルが大きく下がりました。 ウォレット接続、ステーブルコイン決済、市場の透明な記録、API連携、トークン化された参加ポジションといった要素を組み合わせることで、本来は流動性確保と清算が難しい予測市場を、比較的軽い構造で立ち上げることが可能になっています。
第二に、データそのものに収益源としての価値が認識され始めています。 2025年10月、ニューヨーク証券取引所の親会社であるIntercontinental Exchange(ICE)はPolymarketに対し、最大約20億ドルの戦略投資(評価額約90億ドル)と、予測市場データのグローバル配信パートナーシップを発表しました。予測市場は「取引所ビジネス」と「データビジネス」が一体化しやすく、伝統金融のインフラ事業者からも注視される対象となっています。
第三に、既存金融サービスへの組み込みが進んでいます。 Robinhoodは2025年3月に予測市場ハブを開始し、2026年1月にはSusquehanna International Groupと共同でMIAXdx(CFTC認可のDCM/DCO/SEF)を買収し、自社の予測市場取引所インフラを構築する道を選びました。Coinbaseも2026年1月にKalshiとの提携を発表しており、Crypto.com、Coinbase、Robinhoodなどが共同で「Coalition for Prediction Markets」を結成しています。予測市場が、流通チャネルとUXを握る既存プラットフォームの新商品カテゴリとして取り込まれ始めていることを示します。
第四に、米国では規制側の整理が進み、それ自体が市場拡大の追い風になっています。 詳しくは後述します。
Polymarket は、クリプトネイティブな予測市場として最も知名度の高いプラットフォームです。Polygon上でUSDC建てのコンディショナルトークンを取引し、結果はUMA Optimistic Oracleで確定します。2025年12月にはCFTC認可の取引所・清算機関であるQCEXを約1.12億ドルで買収し、約4年ぶりに米国市場へ復帰しました。
Kalshi は、自社をCFTC規制下のDCM(指定取引市場)として位置づける予測市場です。2026年4月の月間出来高はテイカーベースで約54億ドルとなり、Polymarketの約20億ドルを上回りました。スポーツ・選挙・経済指標まで幅広いイベント契約を扱い、機関投資家からの資金流入も拡大しています。
Robinhood は、Kalshiとの提携で予測市場ハブを開始し、Futures Commission Merchant(FCM)として既存ユーザーに契約を提供してきました。さらに自前の取引所インフラとして上記MIAXdxを取得しています。
予測市場の競争領域は、市場運営者同士だけではなく、流通チャネル・UX・データ配信を握るプラットフォーム側にも明確に広がっています。
CFTC(米国商品先物取引委員会)は2026年3月12日、Letter No. 26-08「Prediction Markets Advisory」を発出し、同日付で予測市場のイベント契約デリバティブに関する規則制定に向けた事前告示(ANPRM)も公表しました。アドバイザリーはDCMに対する規則遵守義務を改めて示すとともに、スポーツ関連イベント契約への留意点を整理しています。ANPRMでは、コアプリンシプル適用、公益要件、インサイダー情報、クロスマーケット操作などについて広く意見が募集され、パブリックコメントは2026年4月30日に締め切られました。
加えて、2026年2月にはCFTC執行部が、予測市場におけるインサイダー情報の不正利用に関する2件の摘発事案を踏まえたアドバイザリーを公表しています。市場規模の拡大に伴い、相場操縦・インサイダー取引リスクは、CFTCの主要な政策論点として明確に位置づけられつつあります。
なお米国では、CFTCが連邦専属管轄を主張する一方、ネバダ州・アリゾナ州など複数の州が州レベルのギャンブル規制の適用を主張しており、係争が続いています。予測市場は、「金融商品か、ギャンブルか」という古典的な論点が新しい形で問われている領域でもあります。
日本で予測市場の事業化を検討する際の最大の論点は、刑法上の賭博該当性です。警察庁は、海外事業者が現地で合法的に運営しているオンラインカジノ等のサービスであっても、日本国内から接続して賭博を行うことは犯罪に該当すると明示しています。仕組みの名称が「予測市場」であっても、金銭の支払いと結果に応じた財産的給付という構造を持てば、賭博該当性が問われる可能性があります。
そのなかで参考になるのが、2026年3月にgumiが発表した予測データサービス「ヨソクヒロバ」です。同社のリリースによれば、誰でも無償で予測に参加でき、的中ユーザーには特典ポイントを付与するスキームであり、弁護士事務所のレビューを通じて賭博該当性を含む適法性を確認済みとされています。初期パートナーはGunosyで、2026年5〜6月頃のローンチが予定されています。日本で予測市場の発想を活かす場合、金銭の支払いを伴わない設計、もしくは事前審査を経た仕組みを丁寧に組み立てるアプローチが現実的だといえます。
また、日本ではデジタルアセット関連制度そのものが転換期にあります。金融庁の暗号資産制度に関するワーキング・グループは2025年12月10日に報告書を公表し、暗号資産を資金決済法の枠から金融商品取引法(金商法)へ移管する方向性を打ち出しました。これを受けて2026年4月10日には金商法・資金決済法の改正法案が国会に提出されており、価格形成・取引の公正性確保、インサイダー取引規制を含めた利用者保護が大きなテーマとして掲げられています。予測市場を直接対象にした議論ではありませんが、日本で投資性や市場性を持つデジタルアセット事業を構想する際の前提環境として押さえておく必要があります。
日本企業がこのテーマを検討する場合、「海外の予測市場をそのまま持ち込めるか」ではなく、どのレイヤーで価値提供するのが現実的かを見極めることが出発点になります。
第一に、予測市場データの分析・可視化です。 市場の確率変動、テーマ別の資金流入、イベント直前のボラティリティなどを、メディア、投資判断支援、リサーチ、アラート配信に活用するモデルは、予測市場そのものを運営するより参入しやすい構造です。PolymarketがAPIやデータライセンスを整備し、ICEがそのデータの世界配信パートナーになったこと自体、データ周辺市場の広がりを示しています。
第二に、既存サービスへの埋め込み型ユースケースです。 メディア、金融サービス、会員制プラットフォーム、ポイント経済圏のなかに、予測コンテンツやシグナル表示機能を組み込むアプローチは、日本でも実装余地があります。ヨソクヒロバがグノシー上で展開される計画は、その代表的な例といえます。
第三に、B2B/社内向けのフォーキャスト用途です。 プロジェクト進捗、KPI達成可能性、新商品ローンチ時期などを社内市場メカニズムで集約する用途は、必ずしも公開市場や暗号資産を必要としません。将来的にはトークン設計やデジタルインセンティブ、社内ウォレットと接続する余地もあります。
いずれの場合でも、賭博該当性の整理は出発点であり、暗号資産・ステーブルコインを扱う場合には資金決済法・金商法(改正後)・関連登録制度との整合をあわせて検討する必要があります。
予測市場は、海外では金融・情報・データの新しいレイヤーへと拡大し、規制側の整理と既存金融サービスの組み込みが同時に進んでいます。日本では法的論点ゆえに事業設計の自由度は限定されますが、データ活用、既存サービスへの埋め込み、社内フォーキャストといった周辺領域には、現実的な事業機会が広がっています。重要なのは、海外の取引高や評価額を追いかけることではなく、自社の顧客基盤と事業資産を踏まえ、どのレイヤーで価値提供できるかを設計することです。
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