
2026年5月19日、自由民主党のデジタル社会推進本部・次世代AI・オンチェーン金融構想プロジェクトチーム(PT)が、最初の提言を公表しました。AIとオンチェーン金融を一体的に取り扱う政策枠組みは、2025年1月の米国大統領令14178「Strengthening American Leadership in Digital Financial Technology」を契機に世界で動き始めた潮流であり、本提言は、その世界最先端の問題意識と次世代展望に対して、日本が自らの立ち位置からいち早くキャッチアップを試みた成果として位置づけられます。
本記事では、提言の構造と具体施策を事実ベースで確認したうえで、過去のweb3PT系提言群との差分と国内外の金融政策フレームへの応答という観点で位置づけ、最後に金融機関・大企業の経営層が観測対象として中期計画に組み込むべき動向を整理します。
提言を取りまとめたのは、自由民主党 政務調査会 デジタル社会推進本部内に新設された「次世代AI・オンチェーン金融構想PT」です。座長は木原誠二衆議院議員、発起人は前デジタル大臣の平将明衆議院議員が務め、2026年3月24日に初会合を開いてから約2か月で最初の提言をまとめています。初会合では、3メガバンク(みずほ・三菱UFJ・三井住友)からのステーブルコイン実証実験の説明、ディーカレットDCPからのトークン化預金に関するヒアリングが行われたと報じられています。
ここで誤解されやすいのが、本PTと既存のweb3PT・web3WGとの関係です。本PTは、これらを置き換えるリネーム組織ではなく、デジタル社会推進本部内に並列して新設された別個のPTにあたります。発起人の平議員もインタビューで「Web3が消えたわけではない」と整理しており、暗号資産税制・DAO・NFTビジネスなどweb3PT系の論点は引き続き別建てで継続される構造です。本PTは「金融インフラとしてのオンチェーン」を専門的に扱う場として位置づけられた、と読むのが妥当でしょう。提言本体は、未来像・推進原則・概念図・具体施策の4層からなる13ページの政治文書です。以下、その内容を順にみていきます。
提言は冒頭で、「経済・金融・決済の大変革時代」の入口に立っているという認識を示し、AIとブロックチェーンの組み合わせが社会経済を「自動化」「連結化」「24時間365日化」させていく未来像を提示しています。象徴的な例として提言が挙げているのは、家庭の冷蔵庫が家族の食バランスを踏まえてAIに発注・決済を自動委任する場面や、製造業の現場で部品検収と同時に円建てステーブルコインによる自動決済が走り、納品済み売掛債権がオンチェーン上で即座に流動化される場面などで、これらを総称して「エージェンティック・コマース」と表現しています。
提言の論理はシンプルです。AIが自律的に取引を実行する社会では「正しいデータ」が重要であり、ブロックチェーンの耐改ざん性、参照可能性、プログラマビリティ、24時間365日稼働、特定主体に依存しない運営といった特性が、AIにとって相性のよい基盤を提供すると述べます。裏返せば、こうした基盤を整備できない国は「AIに選ばれない」、すなわちAI起点の経済活動の主導権を取れないという危機感が、提言全体の底流にあると読み取れます。そのうえで提言は、未来像実現の推進力を「金融側のオンチェーン化(オンチェーン金融)」に見出します。AIエージェントの活動には必ず決済や資金調達が伴うこと、コマース側からは決済インフラ自体の拡張需要が出にくいこと、トークン化と組み合わせれば資産の検証から担保化・資金供給までがオンチェーンで一気通貫すること、の3点が理由として挙げられています。
提言は具体施策に先立ち、検討にあたっての6原則を示しています。
提言はこれらの上に、5つの具体的な施策パッケージを並べています。
第一の柱は、金融分野を「18番目の成長投資分野」として位置づけ、金融庁を中心に政府として5年間のロードマップを策定すべきとする提案です。金融そのものを成長セクターとして扱い、官民連携で大胆な投資促進・普及促進を進めるという発想で、インセンティブ設計にも踏み込んでいます。たとえば、オンチェーン化した場合に国内のマネロン対策を各金融機関ではなくオンチェーン上に機能集約することで、各社の負担を軽減する案などが示されています。
第二の柱は、公的主体によるブロックチェーン活用のユースケース積み上げです。提言は、給付システムのオンチェーン化を年度内にデジタル庁で検討、国債のトークン化対応、JBIC等の財投機関によるトークン債発行、GPIF等への一定のトークン投資枠設定について、内閣官房・財務省・厚労省・金融庁との連携で進めるべきとしています。子育てや食料品など特定目的のために費消可能なトークン給付の海外パイロット事例にも触れ、ターゲットを明確にした給付金支給を可能にする観点からのオンチェーン化検討を求めています。
第三の柱は、トークン化預金(TD)とステーブルコイン(SC)の拡大に向けた施策で、提言のなかでも最も詳述されています。提言の整理では、国内BtoB取引が1,200兆円、輸出入取引が220兆円規模に達するなか、大口決済が止まらない「Elasticity」と日本の強みである間接金融の信用創造を踏まえると、法人決済を中心とする領域ではTDの役割が大きいとされます。そのためTD側では、TD発行銀行をまたぐ移転のファイナリティ確保のために、日銀当座預金のトークン化対応(ホールセールCBDCを含む)を年内に論点整理し公表すべきとされています。SC側については、米ドル建てのUSDT・USDCの発行残高が足元45兆円規模に拡大している現状を踏まえ、諸法令におけるSCの取扱い(給与支払い、納税、出資への利用可否等)を年度内に省庁横断で整理、銀行発行SC解禁の年内検討、円建てSCを国外でも流通させるための「グローバルSCコリドー構想(仮称)」として各国当局との対話を始める提案が並びます。
第四・第五の柱として、決済高度化プロジェクト(PIP)の拡大と「AI・オンチェーン金融アジア政策対話枠組み(仮称)」の創設が掲げられています。PIPでは、既存の3メガバンク共同SC発行(2027年3月までの実運用開始念頭)、ブロックチェーン上での証券決済推進、複数銀行間でのTD移転の3プロジェクトに加え、貿易決済への拡大、TD・SCによるトークン化売掛債権担保レンディングの実証が新規プロジェクトとして提案されました。アジア政策対話枠組みは、アジア諸国との輸出入決済の4〜5割がすでに円建てで行われている事実を踏まえ、官民でアジアのオンチェーン金融に関する対話の場を確立し、2027年に愛知・名古屋で開かれるアジア開発銀行(ADB)年次総会で発信する戦略に接続しています。このほか提言は、金融分野におけるAI活用の監督・市場監視のあり方を金融庁で早急に整理すべきこと、量子コンピュータによるブロックチェーン暗号危殆化リスクへの対応をデジタル庁で進めるべきことを補論として加えています。
ここからは、本提言を過去のweb3PT系提言群や国内外の関連政策パッケージのなかにどう位置づけるかを整理します。
過去のweb3PT系提言から本提言に連続している論点としては、2022年6月の資金決済法改正で「電子決済手段」として位置づけられたステーブルコインの延長線、トークン化預金の推進、AML/CFT対応、国際整合性の確保、金融機関の参入論などが挙げられます。これらはweb3ホワイトペーパー2023・2024、web3提言2025を経て、本提言にも引き継がれている共通テーマです。他方、本提言で前景化したのは、金融主権・通貨主権というフレーミング、AIエージェントとオンチェーン金融の統合、量子コンピュータに対する耐性確保、アジアにおける主導権、暗号資産を含むマルチアセットウォレットへの規制論点、の5点です。一方、暗号資産の分離課税、DAO法制、NFTビジネスといった論点は本提言ではほぼ言及されておらず、PTごとに守備範囲が切り分けられた結果として読むのが妥当でしょう。本提言は、政策議論の重心を「Web3」という汎用的で守備範囲の広い議論空間から、「金融インフラとしてのオンチェーン金融」へ絞り込み、その解像度を一段上げた点に最大の特徴があると整理できます。
国内では、2023年12月の「資産運用立国実現プラン」、新しい資本主義実行計画、新NISA、銀行業高度化等会社制度の柔軟化、金融審議会「資金決済制度等に関するワーキング・グループ」の累次の検討、日本銀行と全銀ネットが進めるPIPなどが、それぞれ別軸の政策パッケージとして並走してきました。本提言が「金融分野を18番目の成長投資分野として位置づけ、5年ロードマップを策定すべき」と述べる際、その背景にはこれら政策パッケージの集約・統合という意図が読み取れます。
国際的には、米国が2025年1月の大統領令14178を起点に、President's Working Group on Digital Asset Markets報告書を取りまとめ、ドル建てSCの推進によるドル主権の維持、GENIUS Act(米国ステーブルコイン法)の執行、リテールCBDCの禁止、クロスボーダー決済標準での米国主導を打ち出しました。同報告書の座長は「Special Advisor for AI and Crypto」というポジションで、AIとデジタル資産を同一の特別補佐官の所掌に置く組織設計が採用されています。
日米を並べると、AIとオンチェーン金融を一体的に扱う組織発想、量子耐性への移行を業界共通課題として明示する点が共通しています。一方、米国がCBDCに否定的なのに対し、日本提言はホールセールCBDCを実装に向け推進し、民間の円建てSCと並行展開する「両建て」の戦略をとる点が決定的に異なります。6原則のひとつ「一点集中でなく正面突破全面展開」が、ここに具体化されています。
2024年、Gincoが主催するカンファレンス「Web3 Future」では、本提言を取りまとめた平議員が基調講演に登壇され「AI or ブロックチェーン、ではない。両方が不可分にシナジーを発揮する未来に備えよ」と喝破されていました。今回の提言においても、この未来予想図は通底しています。
こうした政府与党からの発信を念頭に置いたうえで、今ビジネスマンにとって重要なスタンスは拡大するAI投資の傍らで、オンチェーン金融基盤を「観測対象」として常に視野に置くことだと思われます。AIへの全社的投資が加速する局面では、決済・資金調達・本人確認といった「実行基盤」側の再設計需要も同時に発生します。提言が示す「AIに選ばれる日本」は、裏返せば、AIに最適化された金融基盤を持たない企業はAI戦略の中で機会損失を被るリスクがあるという含意でもあると読み取れます。
具体的な観測対象としては、銀行業高度化等会社制度や業務範囲規制の柔軟化議論(特に銀行発行SCの解禁可否)、暗号資産も含めたマルチアセットウォレットへの規制動向、アジアでのクロスボーダー決済・SC相互運用の対話枠組みへの関与機会、オンチェーン金融基盤の量子耐性確保のロードマップ、の4点が挙げられます。いずれも提言段階ですが、年内ないし年度内の論点整理を求めている項目が多く、24か月以内に動きが具体化する可能性が高い領域です。すでにポジションを取り始めている事業者には政策方向と自社戦略の接続確認の局面、観測フェーズの企業には四半期単位の戦略議題に組み込むタイミングと考えてよさそうです。
本提言はあくまで政治文書であり、ここから骨太の方針への反映、関連法令の改正、金融庁の5年ロードマップ策定などの政策プロセスを経て、初めて実装段階に進みます。記述された施策のすべてが予定どおり実現するとは限らず、国会審議や省庁協議の過程で内容が変わる可能性も残ります。それでも、Web3全般を扱ってきた過去の政策議論と比べたとき、本提言は「金融インフラとしてのオンチェーン」に守備範囲を絞り、AIとの統合、量子耐性、アジア主導権、金融主権までを射程に含めた点で、議論の解像度が一段上がったといえます。政策の温度感は「概念検討」から「実装フェーズ」に移ったというのが、当社の見立てです。
Gincoは、金融機関・暗号資産交換業者・大企業に対して、オンチェーン関連システムの構築と実装支援を提供しています。本提言が描く環境変化を、自社の中期計画にどう接続するか――その検討に並走できる体制を整えています。貴社のWeb3ビジネスやブロックチェーン活用、デジタルアセット活用戦略を、専門家チームが成功へと導きます。ウォレット基盤の構築から事業全体の構想まで、あらゆるフェーズでご相談ください。

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