一覧に戻る
Learn

BIS規制を前提に、金融機関は暗号資産事業にどう踏み出すか──シンガポールMAS『P009-2026』新方針と、日本の論点整理

公開日
2026-05-26
更新日
2026-05-27
森川夢佑斗

シンガポールの中央銀行であるシンガポール通貨庁(MAS)は、2026年4月、パブリックチェーン(パーミッションレスブロックチェーン)上の暗号資産に対する銀行の取扱を見直す協議文書「P009-2026」を公表しました。MASはこの中で、ガバナンスやAML/CFT(マネー・ローンダリング/テロ資金供与対策)など一定の条件を満たすパブリックチェーン上の暗号資産について、これまでよりも有利な扱いを認める原則ベースの枠組みを提案しています。

この動きは、金融機関が暗号資産のビジネスを始める際の前提となる「BIS規制」(バーゼル銀行監督委員会が策定する自己資本規制の総称)を、実務(実装)段階から変革を迫る可能性があるものとして、世界的に注目されています。

本記事ではまずMASの動きを起点に、そもそもBIS規制が金融機関の暗号資産参入にどのような制約を課しているのかを整理し、米国・EUを含むグローバルの動向と日本にとっての論点を読み解いていきます。

シンガポールMAS『P009-2026』が示した動きと、その重要性

MASは2025年3月、バーゼル銀行監督委員会の暗号資産プルーデンス基準をシンガポール国内で実装するための先行協議文書「P003-2025」を公表していました。今回の「P009-2026」はその続編で、特にパブリックチェーン上の暗号資産の扱いに踏み込んだ内容となっており、パブコメ受付の期限は2026年5月18日とされています。従来のバーゼル枠組みでは、パブリックチェーン上の暗号資産は事実上、保守的な「グループ2」に分類され、銀行による保有が極めて困難な資本扱いを受けてきました。MASはこのデフォルトの保守的扱いに対して、銀行側がリスクを十分に緩和できることを示せれば、有利な「グループ1」に準ずる扱いを認めるという、原則ベース(principle-based)の代替フレームを提案しています。

具体的には、銀行が個別の暗号資産について、ガバナンス、AML/CFT、リスク管理、リデンプション(償還)保証の各観点で十分なリスク緩和を示せる場合に、グループ1相当の扱いを認める構造を取ります。当該暗号資産の発行・移転・保管・決済を担う主体が包括的なガバナンス枠組みとリスク管理基準のもとに置かれていること、AML/CFT上のリスクが実効的に管理されていること、準備資産が透明かつ法的に裏付けされたかたちで管理され、ペッグ額面での迅速な償還が担保されていることなどが条件として並びます。USDCやUSDTといった主要なステーブルコインが、議論の対象として念頭に置かれていると見られます。

この提案が注目される理由は、暗号資産の規制扱いが「ルールベースで一律に保守的」だった世界から、「銀行側のリスク緩和努力を評価する原則ベース」に踏み込んでいる点にあります。バーゼル委員会自身もパブリックチェーン規定の見直しを示唆しているなかで、シンガポールは先行する国の一つとして、実装段階のたたき台を出したかたちです。銀行が暗号資産事業に踏み出す上での前提条件が、ここから一段ずつ整っていく可能性があります。

そもそもBIS規制は、金融機関の暗号資産参入に何を課してきたのか

BIS規制とは、国際決済銀行(BIS)に事務局を置くバーゼル銀行監督委員会が策定する銀行向けの自己資本規制の総称で、銀行が抱えるリスクの大きさに応じて最低限保有すべき自己資本の水準を定めるものです。バーゼル委員会は2022年12月、暗号資産エクスポージャーに関するプルーデンス基準(バーゼル枠組み第SCO60章「Cryptoasset exposures」)を最終化し、2026年1月1日からの実装を各国に求めています。SCO60は暗号資産を大きく二つのグループに分けており、グループ1には、伝統的な金融資産をトークン化したもの(1a)と、効果的な安定化メカニズムを備えたステーブルコインなど(1b)が含まれます。これに対してグループ2は、グループ1の要件を満たさない暗号資産が対象で、ヘッジ可能性が認められる「2a」と、それすら満たさない「2b」に細分化されます。

グループ2のうち最も保守的な扱いを受けるのが、ヘッジが効きにくく信頼性のある時価評価が困難な暗号資産で、これらには「1,250%」のリスクウェイトが課されます。リスクウェイトとは、銀行の保有資産に応じて自己資本要件を計算する際に用いられる重み付けで、通常のソブリン債で0〜数%、企業向け貸出で20〜100%、リスクの高い証券化商品でも高くて150〜250%程度が一般的なレンジです。これに対して1,250%という水準は、当該エクスポージャーと同額の自己資本保有を実質的に要求することを意味します。たとえば100億円分の暗号資産を保有するのであれば、その100億円相当の自己資本を別途確保しておく必要がある、という計算です。当然、銀行にとっては経済合理性が成立しにくく、結果として「銀行はパブリックチェーン上の暗号資産を直接保有しない」ことが現実的な選択肢となってきました。

加えて、BIS規制が金融機関の暗号資産参入を抑制してきた理由は、その水準の高さだけではありません。バーゼル枠組みは、原則として銀行グループの連結ベースで適用されます。つまり、銀行本体だけでなく、連結子会社や関連会社が暗号資産を保有する場合にも、グループ全体の自己資本算定に反映されます。このため、銀行がグループ内の子会社や関連会社を通じて暗号資産を取り扱う場合と、グループ外のスキームに委ねる場合とでは、自己資本面での負担構造が大きく変わります。暗号資産関連のサービスをグループ内に取り込むのか、グループ外に置くのかという判断は、ビジネス上の筋道だけでなく、この連結ベースの規制をどう受け止めるかという問題でもあります。

グローバル全体の動向──MASの動きはどこに位置づけられるか

バーゼル委員会のエリック・テデーン議長は、2025年11月、パブリックチェーン規定の見直しを行う考えを示しました。同時に「当時の議論はビットコインなど初期のパブリックチェーン暗号資産を強く意識していた」と述べ、現在のパブリックチェーンが当時想定されたほどのリスクを持つかを改めて検討する意向を示唆しています。具体的な見直しのタイムラインは現時点で示されていませんが、MASのP009-2026は、こうしたバーゼル委員会本体の検討の前段として、実務側からたたき台を提示するかたちと位置づけられます。

同じ時期、米国とEUでも周辺領域の規制整備が進んでいます。米国では、ステーブルコインに関する連邦法「GENIUS法(Guiding and Establishing National Innovation for U.S. Stablecoins Act)」が2025年7月18日に成立し、米ドルや国債等の低リスク資産による1対1の裏付けや、許可を受けたペイメント・ステーブルコイン発行者のみが米国内での発行を行えるといった規律が定められました。完全施行は2027年初頭にかけてとされています。

EUでは、暗号資産包括規制「MiCA(Markets in Crypto-Assets Regulation)」のうちステーブルコイン関連規定が2024年6月から、その他の暗号資産サービスプロバイダ規制が2024年12月30日から適用されており、加盟国別の経過措置(最長で2026年7月1日まで)を経て本格的な運用フェーズに移行しつつあります。2026年初頭時点で既に10以上のステーブルコイン発行体がMiCAライセンスを取得しているとされました。

各国の動向を捉える際は、その「状態」の違いを区別することが重要です。シンガポールのP009-2026は協議文書(パブコメ中)、バーゼル委員会本体の見直しは現時点では方針表明のレベル、米国のGENIUS法は成立済みで施行待ち、EUのMiCAはステーブルコイン規定は施行済みで全体運用フェーズに移行中、と整理できます。フェーズの違いを踏まえて読み解くことが、自社事業への影響評価を誤らせないための前提になります。

日本でどうするか──金融機関の参入の枠組みと押さえるべきポイント

日本では、金融庁の金融審議会「暗号資産制度に関するワーキング・グループ」が、2025年12月10日に報告書を取りまとめました。報告書は、暗号資産を株式や債券などと同様の投資商品として整理し、金融商品取引法(金商法)の枠組みに移行する方向性を示しています。第一種金融商品取引業に相当する規律の適用や、開示・販売勧誘規制の整備が議論の中心で、法改正は2026年中の整備が見込まれています。あわせて、暗号資産取引で得た所得に対する課税を一律20%の分離課税とする税制改正も2028年から適用される方向で進んでおり、暗号資産は「投資商品」としての制度的位置づけを得つつあります。

実務側では、信託銀行が暗号資産のカストディ業務に参入できるよう、関連する内閣府令の改正に向けた手続きが進められてきました。三菱UFJ信託銀行、三井住友トラスト・ホールディングス、SBIホールディングスといった国内の主要な信託・金融グループが暗号資産カストディへの関心を示しており、ETFや投資信託の組成においては、信託スキームを介したカストディ提供が現実の選択肢として浮上しています。これは、BIS規制の連結ベースの効き方を踏まえつつ、銀行グループとして暗号資産を取り扱える枠組みを設計しようとする動きと位置づけられます。

一方で、銀行や関連会社がグループ内で直接的に暗号資産を保有・取り扱う道筋も、議論の俎上にあります。具体的な方法論としては、既存の暗号資産取引業者を対象としたM&Aや資本業務提携を通じて、グループ内に暗号資産関連の業務基盤と知見を取り込む選択肢が挙げられます。この場合、規制上の自己資本負担に加えて、不正アクセスや内部不正による流出リスクをどう抑え込むかが実務的な課題となります。暗号資産固有のリスクを想定した多角的なセキュリティ対策と、保険等の金融スキームを組み合わせたリスクヘッジ策が、検討しうる方向として整備されつつあります。

このように、日本の金融機関にとっては、当面二つの動きを並行して見ていく必要があります。一つは、バーゼル委員会本体、およびシンガポール・米国・EUなど主要各国の暗号資産プルーデンス枠組みの整備フェーズです。

もう一つは、国内における金融庁の検討状況、特に銀行・信託・証券のグループ全体としての暗号資産取扱ルールがどのように整理されていくかという論点です。シンガポール同様に、銀行によるパブリックチェーン上の暗号資産保有を一定の条件で許容する方向に進むか否かは、日本市場における暗号資産事業の射程を大きく規定するため、政策的議論として注視に値します。

おわりに

シンガポールMASの「P009-2026」は、BIS規制が金融機関の暗号資産参入に課してきた構造的な制約を、実装段階で組み替え得る具体的な提案として、グローバルに大きな注目を集めています。日本においても、金商法移行と信託銀行のカストディ参入が進むなかで、銀行・信託・証券のグループ全体としての暗号資産取扱ルールが、改めて政策的な論点として整理されていく局面にあります。

Gincoは、金融機関、暗号資産交換業者、大企業に対して、業務用暗号資産ウォレット、オンチェーン関連システム、デジタルアセット活用に関する技術基盤と実装支援を提供しています。暗号資産固有のリスクを踏まえた技術基盤の構築と、グループ全体の規制対応・事業構想を結びつける支援は、Gincoが金融機関の皆様と継続して取り組んでいきたい領域です。

皆さんのデジタルアセット活用やオンチェーン金融事業実現を専門家チームが支えます。事業全体の構想からシステム要件定義、開発、保守運用まで、あらゆるフェーズからプロジェクトに伴走しますので、ぜひお気軽にご相談ください。

無料相談を申し込む

参照ソース一覧

貴社のWeb3ビジネスやブロックチェーン活用、デジタルアセット活用戦略を、専門家チームが成功へと導きます。ウォレット基盤の構築から事業全体の構想まで、あらゆるフェーズでご相談ください。
無料相談を申し込む
この記事をシェアする
森川夢佑斗
京都大学在学中にブロックチェーン事業に着手し、2017年12月に株式会社Gincoを創業。暗号資産やNFTをはじめとするデジタルアセットを活用したWeb3事業創出を支援するクラウドプラットフォームづくりに取り組む。 2019年には、ブロックチェーン業界を代表する起業家としてForbes Next Under30、BUSINESS INSIDER「BEYOND MILLENNIALS」などに選出。『ブロックチェーン入門』『ブロックチェーンの描く未来』、『未来IT図解 これからのブロックチェーンビジネス』『超入門ブロックチェーン』『未来ビジネス図解 これからのNFT』など著書多数。
目次
  • content
  • content
シェア:

お問い合わせはこちら

CONTACT US
関連記事
ブログTOPに戻る
ホワイトペーパー
No items found.
No items found.
すべて見る
あなたのビジネスを進化させるパートナー
with
End-to-end blockchain solution backed by industry experience and support
Get More Information
ドキュメントを読む