
直近数年の間に、特定の用途に絞ったブロックチェーンが金融の現場に相次いで現れています。資本市場向けのCanton、決済向けのTempo、ステーブルコイン金融向けのArc——いずれも「金融のために設計された」と掲げる点が共通しており、これまでの汎用的なチェーンとも、社内システムとも違う第三の選択肢として、金融機関やFintech企業の検討対象に入り始めています。本記事では、これらのチェーンが何を目指し、設計がどう違い、実際にどこまで使われているのかを、自社で取り組むかどうかを判断する材料として整理します。
「オンチェーン金融」という言葉が政策や事業の議論で使われるようになって以降、その土台となるブロックチェーン自体にも変化が起きています。これまで多くのチェーンは、送金・取引・アプリ実行など何にでも使える汎用基盤として作られてきました。そこに対して、金融の特定の業務だけを狙って設計されたチェーンが、ここ一年で実運用の段階に入りつつあります。
象徴的なのが、資本市場向けのCantonです。開発元のDigital Assetは2026年6月、ベンチャーキャピタルのa16z主導で3.55億ドルを調達しました。報道では、このときの評価額は約20億ドルとされます。米国の証券集中保管機関であるDTCCが、保管する米国債のトークン化に着手する計画や、JPMorganのブロックチェーン部門Kinexysが、自行の預金トークン「JPM Coin」をCanton上に展開する計画も公表されています。決済大手のVisaも、運営ノードに加わっています。
決済に振り切ったTempoは、2026年3月にメインネット(本番稼働の環境)が稼働しました。決済企業のStripeと投資会社のParadigmが立ち上げたチェーンで、給与や送金といった日常の支払いをそのまま載せることを狙っています。ステーブルコイン金融に特化したArcは、USDCの発行元であるCircleが進めるもので、2026年中のメインネット(ベータ)稼働を準備している段階です。いずれも、登場から本格稼働までを短い期間で駆け上がってきました。
なぜ、わざわざ金融専用のチェーンが要るのか。その理由は、既存の二つの選択肢が、金融の業務にはどちらも収まりきらないところにあります。
一つは、誰でも参加できる汎用のチェーンです。公共の道路のように開かれている反面、手数料が時間帯で大きく変動し、無関係な取引やリスクの高い取引と同じ土俵に乗ってしまいます。金融機関が顧客資産や大口の決済を載せようとすると、この予見できなさと混在が壁になります。
もう一つは、参加者を絞った許可制の仕組みです。ただ、そこまで閉じてしまうと、自社や数社だけで持つデータベースと何が違うのか、という疑問に行き着きます。データベースでも、当事者どうしで帳簿を共有することはできるからです。違いが生まれるのは、互いに完全には信頼しきれない複数の機関が、それぞれの記録を突き合わせる照合作業から解放され、どこか一社が管理者として記録を書き換えられる余地をなくせる場合です。逆に言えば、その必要がないなら、わざわざブロックチェーンを使う理由は薄くなります。
開放性をとれば予見可能性と規律を欠き、閉じればブロックチェーンを使う意味が薄れる。この板挟みこそが、金融専用のチェーンが求められる理由です。Canton・Tempo・Arcに共通するのは、どちらにも寄りきらない設計です。誰の所有物でもない共有基盤という性格を保ちながら、金融に必要な要素——取引の中身を当事者以外に見せないプライバシー、規制対応のための本人確認や制御、そして手数料の予見可能性——だけを後から足していく。汎用チェーンの開放性と、許可制の規律。その両方を一つの基盤に同居させること自体が、このカテゴリが生まれた理由になっています。

ここからは、三つのチェーンが具体的にどこを狙い、設計をどう変えているかを見ていきます。なお、手数料をステーブルコインで支払える、オプトインでプライバシーを確保できる、取引が即時に確定する——といった要素は、決済志向のチェーンにおおむね共通します。ここでは、各チェーンで特に異なる点に絞って整理します。
Cantonは、証券や債券といった資本市場の決済に軸足を置いています。設計の核は、取引の中身を当事者以外に見せないまま、ネットワーク全体で整合性だけを確認できる点です。取引を確定させる役割を担う仕組みは、中身を読まずに「その取引が正しく承認されているか」だけを保証します。立会人が契約書の中身を見ずに署名の正当性だけを確認するようなもので、銀行どうしが同じ基盤を使いながら、互いの手の内は見せずに済みます。プライバシー自体はTempoやArcもオプションとして備えますが、Cantonは検証者にすら中身を見せない「必要な範囲だけの開示」を既定の仕組みとして組み込み、債券の引き渡しと代金の支払いを一つの取引として同時に確定させられる点が異なります。資本市場が長年こだわってきた守秘性を、後付けではなく土台として据えたことが、機関投資家の支持を集めている背景です。
Tempoは、日常の決済に振り切っています。毎秒10万件超をさばける処理能力と1秒未満での確定を掲げ、給与・送金・店舗決済のような、件数が多く一件あたりが小さい支払いを大量に流すことを狙います。手数料をステーブルコインのまま支払える点は後述のArcとも共通しますが、Tempoでより際立つのは、ソフトウェアやAIが人手を介さず自律的に支払う仕組み(Machine Payments Protocol)を稼働当初から標準で備えた点です。請求書番号などを取引に添えられる欄もあり、決済処理の現場に近い使い勝手を、チェーンの中心に据えた設計といえます。
Arcは、ステーブルコインを中心に据えた金融全般を狙います。手数料をUSDCで支払える点や取引が即時に確定する点はTempoのような決済系チェーンとも共通しますが、Arcに固有なのは、異なる通貨を交換するためのFXエンジン(StableFX)を基盤に組み込んだ点と、将来の量子コンピュータでも解読されにくい署名方式をオプションとして用意する方針です。USDCの発行元であるCircleのサービス群と一体で、決済から資産の発行、複数チェーンをまたぐ資金の集約までを一つの基盤で扱う構想になっています。
設計の違いと同じくらい大事なのが、成熟度の差です。同じ「金融特化チェーン」と呼ばれても、検討に使える時間軸は三者で大きく異なります。
最も先行しているのがCantonで、すでに本番環境で大量の取引が動いています。証券処理大手のBroadridgeはレポ取引(短期の資金調達取引)の基盤をCanton上で動かしており、a16zの発表によれば、1日あたり4,000億ドルを超える米国債レポ取引を処理しています。Goldman Sachsは自社基盤のGS DAPで債券やマネー・マーケット・ファンドを発行・決済し、2025年7月にはBNY Mellonと組んで米国で初めてとなるトークン化マネー・マーケット・ファンドを立ち上げました。運用大手のFranklin Templetonも2025年11月、自社の運用基盤をCantonへ広げています。集計サービスのRWA.xyzによると、2026年5月時点でCanton上に乗る資産は3,400億ドルを超えるとされ、ネットワークの運営を担うノードにはVisaやApolloなど40を超える機関が名を連ねます。
決済特化のTempoは、2026年3月の稼働開始とともに、大手の名前が一気に並びました。設計に加わった顔ぶれは、VisaやMastercard、DoorDash、Shopify、OpenAI、Standard Chartered、Nubankなど多岐にわたります。スウェーデンのKlarnaはテスト段階で自社のステーブルコインをTempo上で発行し、Visaは自社のカード決済網にTempoの機械間決済の仕組みを取り込みました。フードデリバリーのDoorDashは、配達員への報酬をステーブルコインで支払う選択肢を準備しています。送金手数料が報酬の数%を占めることもある層にとって、こうした支払いは手取りに直結します。
Arcは、2026年6月時点ではメインネット前のテスト段階にあります。ただ、その規模は小さくありません。2025年10月に公開されたテストネットには、BlackRock、Goldman Sachs、Deutsche Bank、HSBC、Visa、Mastercard、Amazon Web Servicesなど、100を超える機関が参加しました。日本からも暗号資産交換業者のコインチェックが加わり、日本円ステーブルコインのJPYCもテストネット上で動いています。2026年5月にはBlackRockやApolloなどから2.22億ドルを調達しており、稼働前から関心の高さがうかがえます。いま動いている事例というより、これから立ち上がる基盤として観測する対象です。
これらは海外発の動きですが、日本に無縁なわけではありません。Cantonの資金調達にもArcの資金調達にも、日本からSBIが出資元として加わっています。国内でも、与党のプロジェクトチームがオンチェーン金融を成長分野として位置づける提言をまとめるなど、政策の側からの後押しが始まっています。関連する国内政策の動きは、自民党「次世代AI・オンチェーン金融構想PT」提言を読み解く記事で整理しています。
そのうえで、自社で検討する際にまず置きたい問いは、「許可制にすべきか、無許可にすべきか」ではありません。動かしたいのがどの取引で、相手は誰で、どの規律のもとで処理する必要があるのか。証券の決済なのか、日々の支払いなのか、ステーブルコインを使った資金移動なのか。用途が決まれば、どのレールが向いているかはおのずと絞られてきます。
もう一つ押さえたいのは、多くの企業にとって現実的なのは、自前でチェーンを建てることではなく、すでにあるレールのどれに、どうつなぐかを設計することだという点です。対応する資産や通貨、本人確認や規制対応との接続、既存システムとの橋渡し——選ぶレールが違えば、必要な実装も変わります。成熟度の差を踏まえ、自社の時間軸に合うものから検討を始めるのが、無理のない入り方になります。
金融に特化したチェーンは、汎用チェーンの開放性と許可制の規律を一つの基盤に同居させる試みとして、ここ一年で実運用の段階に入り始めました。ただし、Canton・Tempo・Arcは狙う領域も成熟度も異なり、「金融特化チェーン」とひとくくりに語れる段階ではありません。どれか一つが勝ち残るというより、当面は用途ごとに複数のレールが併存していくとみるのが自然です。重要なのは、その動きを自社の時間軸で観測しながら、必要なところから実装に落とし込んでいくことです。
Gincoは、暗号資産交換業者や金融機関、大企業に対して、業務用ウォレットやオンチェーン関連システム、デジタルアセット活用の技術基盤と実装支援を提供してきました。選択肢が増える局面では、どのレールを選ぶかと同じくらい、それを自社の業務や規制対応にどう接続するかの設計が重要になります。
具体的には、対象とするチェーンや資産の選定支援、ウォレットや鍵管理の設計、既存システムとの接続を見据えた要件定義、規制対応を踏まえた実装方針の整理などが可能です。
皆さんのデジタルアセット活用やオンチェーン金融事業実現を専門家チームが支えます。事業全体の構想からシステム要件定義、開発、保守運用まで、あらゆるフェーズからプロジェクトに伴走しますので、ぜひお気軽にご相談ください。

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