
トークン化資産(Tokenized Assets)の市場規模が、2026年4月に300億ドルを突破し、5月時点で約340億ドルに達しました。ステーブルコインを除いたこの数字は、地方銀行1行分、あるいは米国のトップ大学の運用基金に匹敵する規模です。
トークナイゼーション(Tokenization)とは、現実世界の資産の所有権や請求権を、ブロックチェーン上のトークンとして発行・管理する仕組みです。対象は、米国債のような有価証券、金やオイルなどのコモディティ、不動産、プライベートクレジット、ファンド持分、さらには再保険契約や知的財産まで広がります。業界ではこれらを総称してRWA(Real World Assets:現実資産)と呼びます。決済や資金移動、証券取引といった金融の中核機能をオンチェーンで再設計する潮流の一部でもあります。
(参照:オンチェーン金融とは?注目される理由と金融業界への影響とは)
オンチェーンで再設計を進めるほど効いてくるのが、「どこまでオンチェーンか」という問いです。これは0か1かではなく、連続的な度合い──本稿で言う「オンチェーン度」──で捉えるのが実態に近いです。
当社は、オンチェーン度を決めるのは次の4つのパラメータだと整理しています。いずれも上げきるほど、台帳の「写し」から「オンチェーンネイティブ」へ近づきます。
第一に正本性。オンチェーンにあるのが権利の実体(チェーンが正本の台帳)か、オフチェーン原本の写しにすぎないか。
第二に移転性。発行プラットフォームの外へ、任意のウォレットに自由に移せ、P2Pで譲渡できるか。
第三に発行・償還の自律性。mint/burn(出し入れ)が仲介者や承認・遅延を要するか、オンチェーンで自律的・即時・対称に行えるか。
第四にコンポーザビリティ。他のオンチェーンプロトコル(DeFi等)に部品として組み込み、自律実行できるか。

現状の市場は、どのパラメータも上げきれていない資産が大半です。Panteraによる調査では、トークン化資産593件のうち、写し中心のWrapper層が77.6%を占め、一部がオンチェーンに移ったHybridは11.1%、発行から活用までオンチェーンで完結するNativeはわずか2.7%にとどまると指摘されています。このように現状のトークン化資産の多くは台帳の電子化にとどまり、自由な移転・自律的な償還・DeFiでの活用には届いていません。
なお、本稿で扱う市場規模はステーブルコインを除いた値です。ステーブルコインは法定通貨(主に米ドル)を裏付けとするトークンで、いまや2,500億ドル規模の独立市場ですが、オンチェーンの決済・精算手段として普及したことで、トークナイズド資産の売買を足元で支えています。別カテゴリーながら、両者は補い合って伸びています。
340億ドルに至る成長は、ここ2年弱に集中しています。きっかけは3つ重なりました。2025年に成立したGENIUS Actが、ステーブルコインの連邦規制枠組みを明確にし、機関投資家の参入障壁を下げます。ほぼ同時期に、カストディやKYC/AML、オンチェーン分析といった周辺インフラが、伝統的金融機関の運用要件を満たす水準に達しました。そしてBlackRockやJPMorganをはじめとする主要プレイヤーが、概念実証から実プロダクトのリリースへ動きます。

340億ドルは、絶対値では大きく見えても、相対的にはまだ小さい水準です。グローバル債券市場は140兆ドル超、株式市場は100兆ドル超、地金としての金は数十兆ドル規模に達します。トークナイズド債券は債券市場の0.01%、トークナイズド金は金市場の0.02%未満、トークナイズド株式は株式市場の0.001%に過ぎません。
現在のトークナイゼーション市場は、伝統的金融に対して「実証的なインパクトを示し始めた段階」にあります。無視できない規模に達してはいますが、置換や代替を語るには早い。

市場の構成は、いまのところ偏っています。米国債とコモディティ(実質的には金)の2カテゴリーで、全体の約3分の2を占めます。
米国債トークンが伸びるのは、設計上自然な流れです。投資家はステーブルコインの遊休資金を伝統的なマネーマーケット利回りで運用でき、発行体・運用機関は決済の高速化や担保の機動的な移動、デジタル市場との統合を手にします。BlackRockの「BUIDL」、Franklin Templetonの「FOBXX」をはじめ、大手運用会社が相次いで参入し、数十億ドル規模の市場を短期間で築きました。銀行預金そのものをオンチェーン化する「トークン化預金」も並行して進んでいます。
コモディティでは、約51億ドルのうち約50億ドルを金が占めます。Tetherの「XAUT」、Paxosの「PAXG」が代表格です。金は標準化され、保管しやすく、紙の請求権による取引慣行も確立しているため、トークン化との相性がいい。一方、銀や石油、農産物のトークン化は、合計でも6,000万ドル未満にとどまります。

成長の速さは、カテゴリーで大きく違います。資産担保信用(住宅エクイティラインや貸出ボールトトークン)は、最初のオンチェーン取引から市場規模10億ドルまでわずか185日。全カテゴリーで最速でした。再保険契約やビットコインマイニング債といった特殊金融が、2年弱で続きます。対照的に、ベンチャーキャピタルやアクティブ運用戦略は7年近くを要しました。構造の複雑さ、時間軸の長さ、規制対応の重さが、成長を抑えています。

ホストするチェーンの分布もは、現在はEthereumに偏っており、約157億ドルで過半を握ります。DeFiと機関投資家向け実装での先行を反映した数字です。
残り半分は、マルチチェーン化の傾向が見られます。BNB Chainが約40億ドル、Solanaが約22億ドル、Stellarが約17億ドル、ビットコインのサイドチェーンであるLiquid Networkが約15億ドル。XRP Ledger、ZKsync Era、Arbitrumも、それぞれ10億ドル近くに迫ります。
分散の理由は、コスト、流動性、コンプライアンス要件、発行体との商業的な関係など複数あります。用途と地域に応じてチェーンを使い分ける構造が定着しつつあり、単一チェーンの勝者総取りには向かっていません。インフラ提供者やカストディ事業者にとって、マルチチェーン対応はすでに事実上の必須要件です。
資産が実際にどう使われているかを見ると、オンチェーン度の差がはっきり出ます。
最大カテゴリーのトークナイズド債券は、市場規模152億ドルのうち、DeFiで実際に動いているのは約8億ドル、わずか5%です。貴金属トークンも同程度の低水準。オンチェーンで保有されてはいるが、オンチェーンで使われていない。
対照的に、再保険トークンは市場規模3.62億ドルと小さいながら、供給の84%がDeFiで使われています。プライベートクレジットも33%。Nexus MutualやMaple Financeを通じて、最初からオンチェーンでの組み合わせ利用を前提に設計されたためです。

このコントラストが、いまの市場の性格を映します。規模を牽引する米国債や金は、既存資産を扱いやすくするためにトークン化され、ブロックチェーンの記録・移転機能を使っているにとどまります。設計からオンチェーンネイティブな資産群は、規模こそ小さくてもコンポーザビリティを実装し始めています。この二極化が、「デジタイゼーション(電子化)」と「オンチェーンネイティブなトークナイゼーション」の差を可視化しています。

トークナイゼーション市場は、複数のレイヤーが連動して動いています。発行から流通まで、主要なレイヤーは次のように連なります。
発行体・オリジネーターレイヤーでは、資産運用会社や銀行、特殊目的会社(SPV)が原資産をトークン化し、市場に供給します。BlackRock、Franklin Templeton、Apollo、KKRが代表格です。
インフラレイヤーは、トークンをホストするブロックチェーンと、その上の発行・管理プロトコルです。Ethereum、Solana、BNB Chain、Stellar、Liquid Networkといったパブリックチェーンに加え、JPMorganの「Onyx」やGoldman Sachsの「GS DAP」のような許可型ネットワークもあります。
カストディ・ウォレットレイヤーは、発行されたトークンを安全に保管・管理します。機関投資家向けには、秘密鍵管理、マルチシグ、ハードウェアセキュリティモジュール(HSM)、運用フローとの統合が要件になります。
セカンダリ市場・DeFiレイヤーでは、トークンが取引・貸借・担保化されます。Uniswap、Aave、Maple Financeがこの役割を担います。
コンプライアンス・KYCレイヤーは、投資家認証や適格性確認、AMLスクリーニングを提供し、全レイヤーを横断して効きます。ChainalysisやEllipticといった分析企業、各種KYCプロバイダーが該当します。
代表的なプロダクトは、カテゴリーごとに顔ぶれが異なります。
米国債トークンでは、BlackRockの「BUIDL」が市場をリードし、Franklin Templetonの「FOBXX」、Ondo Financeの「OUSG」「USDY」、Hashnoteの「USYC」が続きます。いずれも機関投資家のステーブルコイン遊休資金の運用先として伸びました。
金トークンは、Tetherの「XAUT」とPaxosの「PAXG」がデファクトです。どちらもロンドン保管庫の物理的な金地金を裏付けにしています。
プライベートクレジットでは、Maple Finance、Centrifuge、Goldfinchが主要プレイヤーです。中小企業や新興市場の借り手に、オンチェーンで資金を供給します。
再保険トークンでは、Nexus Mutualが先駆で、相互保険の仕組みをオンチェーンに実装しています。
日本市場は、グローバルとは異なる規制環境のもとで、独自の道を歩んでいます。
有価証券性を持つトークンは、2020年施行の改正金融商品取引法で「電子記録移転権利」と位置付けられ、セキュリティトークン(ST)として発行されます。BOOSTRYの「ibet for Fin」や三菱UFJ信託銀行が主導する「Progmat」など、コンソーシアム型の発行基盤が広がっています。
日本STO協会の集計では、国内ST市場は2024年から2025年にかけて累計発行額を大きく伸ばし、不動産STを中心に、社債やファンド持分の発行が積み上がっています。一方、グローバルなRWAエコシステムとの相互運用、パブリックチェーン上での流通、DeFiとの統合は、まだこれからです。
事業会社は、国内の規制に適合したST発行と、グローバル市場での流動性確保の両方を見据えてインフラを選ぶことになります。2026年4月に国会提出された金商法改正案では、暗号資産の金融商品化や「暗号資産管理関係業務提供者」制度の新設など、トークナイゼーションを含むデジタルアセット運用の制度基盤が大きく変わる見通しです。
(参照:暗号資産の金融商品化で、日本のデジタルアセット市場はどう変わるのか/暗号資産管理関係業務とは?2026年金商法改正案で新設される「暗号資産管理関係業務提供者」制度を解説)

大手の調査機関・金融機関が、市場の将来規模を相次いで予測しています。McKinseyのベースケースは2030年に2〜4兆ドル、Ark Investは同年に11兆ドル、BCGとRippleの共同レポートは2030年に9.4兆ドル・2033年に18.9兆ドル、Standard Charteredは2034年までに30兆ドル超。幅は大きいものの、いずれも現在の340億ドルから100倍以上を見込む点で一致します。
2兆ドルと30兆ドル、15倍の開きは、何を「トークナイズド資産」に含めるかの定義差から生まれます。McKinseyは主に債券・ローン・ファンド・株式、Standard Charteredはこれにコモディティと貿易金融を加え、BCGとRippleは預金とステーブルコインも算入します。比較するときは、各予測が何を含めているかを確かめてから、自社の文脈に合う数字を選びます。定義は違っても、トークナイゼーションが今日の市場をはるかに超えて広がるという方向は共通です。
次のフェーズで焦点になるのは、市場規模そのものより「コンポーザビリティの実装深度」です。現在の市場の大半は、既存資産をオンチェーンで保有・移転できるようにした段階にとどまります。ブロックチェーンの本質的な価値は、資産がプログラマブルな金融部品として相互運用できるようになることにあります。
次に実装が進むのは、3つの方向だと当社は見ています。ストラクチャード・プロダクトやデリバティブ、ファンド・オブ・ファンズ、知的財産、カーボンクレジットといった複雑な資産クラスのオンチェーン化。トークナイズド米国債がレンディング担保として広く受け入れられ、トークナイズド株式がオンチェーンデリバティブの参照資産になるといったDeFiとの統合。そして、スマートコントラクトによる自動執行、条件付き決済、リアルタイム監査、規制当局へのオンチェーン報告が標準になる、プログラマブル金融基盤としての成熟です。
トークナイゼーションを自社戦略に組み込むとき、検討は大きく3つに絞られます。
ひとつは、自社のどの資産・事業がトークン化に向くか。流動性に課題のある資産、決済・精算の非効率が大きい商品、グローバルな投資家基盤へのアクセスが価値になる資産が、初期の有力な候補です。
次に、発行・流通の技術選定。許可型ネットワークかパブリックチェーンか、Ethereumか他チェーンか、自社開発か既存基盤か──この選択が事業の柔軟性と将来性を左右します。マルチチェーン化が進む以上、単一チェーンへの依存は中長期のリスクです。
そして、運用体制とコンプライアンスの構築。秘密鍵管理、カストディ、KYC/AML、オンチェーン監査、税務処理など、伝統的金融とは異なる要件への対応が要ります。
3つに共通する土台が、インフラパートナーの選定です。トークナイゼーション事業は、原資産の組成・運用と、ブロックチェーン技術の運用という2つの専門領域をつなぐ仕事です。後者を自前で構築できる金融機関・事業会社は多くありません。
インフラパートナーに問うべきは、機関投資家グレードのセキュリティ、マルチチェーン対応、日本の規制への適合、既存基幹システムとのAPI連携、そして長期運用に耐える事業継続性です。
次に効いてくるのは、市場の規模より中身です。340億ドルの大半は、既存資産をブロックチェーンに載せ替えた段階にとどまり、コンポーザビリティの実装はこれから本格化します。複雑な資産クラスのオンチェーン化、DeFiとの統合、プログラマブルな金融基盤への成熟──ここで先行できるかが、次の数年の差になります。
この局面で、金融機関・事業会社の意思決定は2つに尽きます。自社の戦略ポジションをどこに置くか。そして、それを技術で支えるインフラパートナーをどう選ぶか。先行者が基盤を築く時期は、まだ閉じていません。
Gincoは、金融機関・事業会社向けに、トークナイゼーション事業の基盤となるエンタープライズウォレット、ノード、開発SDK、コンサルティングを提供しています。マルチチェーン対応、機関投資家グレードのセキュリティ、日本の規制環境への適合を備え、新規事業の構想から本番運用までを支えます。
トークナイゼーション、RWA、オンチェーン金融に関する新規事業の検討、インフラ選定、規制対応について、構想段階の壁打ちからPoC設計、本番運用の要件定義まで対応します。
皆さんのデジタルアセット活用やオンチェーン金融事業実現を専門家チームが支えます。事業全体の構想からシステム要件定義、開発、保守運用まで、あらゆるフェーズからプロジェクトに伴走しますので、ぜひお気軽にご相談ください。

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